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恐竜解体ショー

7年前の2006年4月、父ちゃんが子育て雑誌の付録を見ながら一日がかりで作った、「段ボール恐竜滑り台

段ボール恐竜

2006年4月撮影

二人の子供たちはもちろん、近所の子供たちが遊びに来た時にも沢山遊んでくれたのですが。

最近はもっぱら荷物置き・・・、いや埃のたまる邪魔なおもちゃと化しており、母ちゃんからは、

「捨てて!」

と言われておりました。

生まれてから7年経っても、大人が乗っても大丈夫な強度を維持しておりましたが、息子の小学校卒業とともに、解体することにしました。

 

息子は遊びに行っているので、娘と最後の記念撮影。作ったときは3歳だった娘も、こんなに大きくなりました

段ボール恐竜

最後のおバカ。

段ボール恐竜

父ちゃんは悲しくて自分でようしませんが、娘はキャッキャいいながら、解体していきます。

段ボール恐竜

「段ボール」と「コニシの木工ボンド」だけでできているこの恐竜。カッターナイフ1本でどんどんバラバラに

段ボール恐竜

なんということでしょう。ものの5分足らずで、こんなに小さくなってしまいました。

段ボール恐竜

 

ちなみにこの恐竜、父ちゃんの兄に頼まれて作った兄弟もいたのです。

段ボール恐竜

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長島スパーランド

お友達家族と長島スパーランドに行ってきました。

朝6時に自宅を出発。箕面のお友達家族のお家によってピックアップ。8人なので車1台で出かけるほうが、何かと便利です。

新名神を通って、わずか2時間で到着。9時30分の開門まで、並んで待ちます。

 

いよいよ開門。真っ先に向かうのは、5日前にリニューアルした世界最大速度、最大高さ、最大の高低差を誇る、「スチールドラゴン

長島スパーランド

100メートル近い高さまで登っていくときの感じは、半端なく怖いです。乗り物の横が思いっきり開いているので、怖さ倍増。

長島スパーランド

ぐるぐる系は気持ち悪くなるのですが、こういう落っこち系がいいですね。

長島スパーランド

こんなかわいいものにも乗ったりして。

長島スパーランド

子供たちで記念撮影。

長島スパーランド

あと3つ乗りたいものがあったのですが、午後に降り出した雨が、ようよう強くなってきました。絶叫マシンはほとんど止まってしまいました。

天気が良ければ気持ちよさそうな、このうつ伏せで乗る乗り物。雨が降っているとこりゃ罰ゲーム?

長島スパーランド

午後4時過ぎに遊園地を後にして、同じ敷地内にあるアウトレットパークへ。

息子は春から中学校に通うための靴を購入。帰りもほとんど渋滞なく、すんなりと帰ることができました。

晩御飯は皆でサイゼリア。白ワイン最高です。

 

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小学校の卒業式

息子の小学校の卒業式。いよいよこの日が来ました。

妻も、妻の姉も、妻の姉の子供も、妻の父も、この地域のほとんどの人が通った、100年以上の歴史を誇る小学校の、なんと第135期生

卒業式

2クラス44名の卒業生が、名前を呼ばれ、一人づつ入場してきます。写真写りのいい場所に息子、ナイスです。

そして、全員が卒業証書を受け取り、将来の夢を語ります。

卒業式

卒業式

卒業式

お世話になった先生方。

卒業式

卒業式

父の身長166cm、息子161cmとほぼ同じ。靴のサイズと脚の長さは抜かされました。

卒業式

教室に戻って、お別れの言葉。

卒業式

校門の前で記念撮影会。

卒業式

同じ町内の同級生たち。

卒業式

春から元気に中学校に通ってくれよ!

 

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猪名川マラソン大会にエントリーした?

5年連続エントリーしたのは、地元の猪名川マラソン大会。昨年小学5年男子で2位になった息子の目標は、もちろん、優勝。この2週間ほどは単距離ダッシュのインターバルトレーニングを取り入れ、気合が入ります。

 

まずは2回目の10kmにエントリーした私。余裕をもって1時間前に会場入りし、受付を済ませゼッケンをもらったところで、お友達家族と合流。

すると、「10kmに名前載ってないよ?」

ゼッケンはもらったので、エントリーはできているはずなのでおかしいなと思い、よくよく見ると、

”5kmにエントリー”

 

しているじゃないですか。 しかも5kmのスタートは5分後。あわててゼッケンをつけてスタートラインに直行。即スタート。

やっちまったべなぁ~

猪名川マラソン大会

最初の1キロくらいは抜かしまくりの飛ばしまくりで気持ちよく走っていたのですが、折り返し地点あたりで肺が痛くなってきました。なんとか耐えしのごうと大きな呼吸を繰り返しますが、徐々に痛くなるばかり。

こうなるともう復活は不可能。ラスト1kmは抜かしまくられ、ゴール。タイムは21分57秒。やれやれ

 

続いて、息子と娘が2kmのスタートラインに並びました。

猪名川マラソン大会

息子はトップが見える位置で帰ってくるも、この時点ですでに全体の6番目。後ろに緑色の子が迫ってきています。

とても苦しそうです。

猪名川マラソン大会

最後のトラックに入る直前で緑ジャージの子に抜かされますが、ここは踏ん張り一度抜き返します。

そして最終コーナーを回ったところで、もう一度緑ジャージの子に抜かされます。あ~あ~

猪名川マラソン大会

結局抜き返すことはできず、ゴール。

結果を見ると、3位と1秒差での4位。

やっぱりあの緑ジャージの子が6年生だったのね。1秒差で表彰台を逃しました。残念

タイムは7分26秒と去年と比べて17秒速くなっていました。先日のS&Bちびっ子マラソンの時の3kmのペーストと大して変わりません。

失意の息子・・・・・

猪名川マラソン大会

遅れて娘がトラックに帰ってきました。去年のタイムは10分57秒でしたが、なんと9分34秒。1分半も短縮。

猪名川マラソン大会

この一か月間ほどいやいやながらも、父ちゃんと練習したかいがありました。

猪名川マラソン大会

 

 

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大阪東京 自転車ロングライド 2days

大阪東京自転車

一度はしてみたかった、「大阪-東京自転車ロングライド」 2013年3月6~7日の2日かけて、実行してきました。

まずは計画。

ルートラボで「大阪東京」で検索した中で、「薄軽筆入れ」さんのデータが参考になると思い、GPSナビの「パイオニア ポタナビ(サイクルラボ)」に、初日と二日目の2つに分けてコースをインプット。自宅から出発のため、大阪-京都間のルートが違いますが、それ以外は全て「薄軽筆入れ」さんのルートどおりです。(ただし逆ルートですが)

計画では初日は350km走って、静岡県焼津の港町にある民宿で海鮮料理に舌鼓を打ち、二日目は200km走って東京飯田橋のユースホステルに泊まるというものです。

これまで私が走った1日の最長距離は、学生時代のサイクリング部の耐久ランとして、230kmを2回。1回目はランドナー、2回目はロードバイクでしたが、いずれも翌日から脚の筋肉と筋がすべて切れてしまったような激痛がおよそ1週間は続いたと記憶しています。それ以降200km以上の距離を走ったことはありません。当時は自転車のポジションやペダリングなど理論的に考えたことなど無く、今から思えば全くの素人状態でした。

それから約20年。自転車屋としての知識・経験が、加齢による体力低下をどれほどカバーできているのか、臨床実験してみたいというのが、この挑戦への理由でもあります

装備をご紹介

  • ライダー・・・ヒト科 オス 40歳と3か月 身長/166cm 体重/59kg A型
  • バイク・・・テスタッチ/クロモリフレーム シマノ/アルテグラ タイヤ/パナレーサーレースD 50/34tx12/23t
  • ウェアー・・・パールイズミ/ノースリーブのインナー footmax/アームカバー 4DM/半そでジャージ Biemme/ウィンター長袖ジャージ Marmot/ウィンドブレーカー Biemme/ウィンターグローブ 4DM/ビブニッカ ZAMST/カフサポーター footmax/ロードバイク用ソックス シマノ/SPDシューズ+カスタムバランス/インソール BELL/ヘルメット 720armor/サングラス
  • その他・・・パイオニア/ポタナビ(GPS) オーストリッチ/輪行袋(L100) ノースフェイス/16Lのバックパック(トレイルラン用) ポチット/トップチューブバッグ ポチット/引出付サドルバッグ iPhone キャットアイ/HL-EL540(前ライト)+TL-LD155R(後ライト) 気づきベル パンク修理キット(タイヤレバー+パッチ+携帯ポンプ) 携帯工具 予備チューブ(2本) CO2ボンベ(2本)キャノン/デジカメ(S90)

大阪東京ロングライド1日目(初日)

前日は10時に就寝。翌朝4時に起床し、真っ暗な中5時にスタート。細くなった月が綺麗です。当日の予想最高気温は16度ということでしたが、出発してすぐの街頭の温度計は「マイナス1度」 超寒いのですが、この後温度が上昇するのは確実なので、ひたすら我慢。経験上このくらいの気温なら40分くらいまでなら大丈夫。ただしその後は手足の痺れに耐えるしかありません。

スタートして約30分、ボトルを忘れたことに気が付きました。朝CCDを溶かして台所のカウンターに置いたところまでは覚えていたのですが、そこから先を忘れたようです。仕方がないので、コンビニで500mlのポカリを購入。ボトルケージにはぶかぶかですが、落ちることはありませんでした。巡航速度はおよそ30km前後です。

大津を通過するあたりで、午前8時を過ぎました。通勤途中のサラリーマンや、通学途中の学生がたくさんです。ここから鈴鹿の手前までは初めて走るルート。ですがほぼ国道1号線を走るルートなので、まっすぐ突き進めば迷うことはありません。ポタナビはまだオフ。大型ダンプが勢いよくすぐそばを通り抜けます。

甲賀を越えるといよいよ初日の山場、「鈴鹿峠(357m)」 ここは学生時代に逆コースですが2回走行したことがあります。丁度峠部分は登りと下りで別ルートとなっており、さらにピークはトンネルです。逆コース(東から西)はとても厳しいイメージだったのですが、そろそろ本格的な登りかと思ったとたんに、トンネル通過。あれっと思っていると、あとは全て下り。なんだ、鈴鹿峠って、東からと西からでは全然イメージが違うんですね

大阪東京自転車

鈴鹿峠

鈴鹿峠を下り亀山まで走ると、シマノ鈴鹿ロードで何度も来たことがある道となります。少し気が楽になります。

最初に購入した500mlポカリが無くなったので、新たなポカリを購入。ここでは太い1Lサイズがありました。ちょうどボトルケージのサイズです。ここにポカリが収まると、学生時代にランドナーで走っていた頃を思い出して、とても懐かしくなります。あの時は更に大きな1.5Lでしたが。

大阪東京自転車

スタートから140km地点。四日市で昼飯の為ココイチでカレー休憩。ここで初めて25分のロング休憩を取ります。暖かくなってきたので、ウィンドブレーカーも脱ぎます。シューズも脱いで、脱力。フェイスブックに書き込むと、即座に沢山のいいね!やコメントが入り、元気が湧いてきます。嫁にもメールで生存報告です。

岡崎城、豊橋を超え、いよいよ静岡県に入りました。この時点で焼津に着くのは晩の9時を超えそうです。民宿を予約しているので、電話して遅くなることを伝えました。

豊橋を過ぎたころから、国道1号線の自転車通行不可のバイパスが多く出現するため、ポタナビは常時オンに。初めての道でもあらかじめ曲がる個所がわかるのは、とても頼もしい。

ですが浜名湖の浜名湖バイパスで失敗してしまいました。自転車通行不可の看板を見落とし、バイパスに乗ってしまったのです。100mほど走ってから車のドライバーが窓を開けて、

「ここ自転車入れないよ」

と注意してくれたのですが、すでに遅し。ここからバックするのも怖いので、えいっと突っ切ることにしました。

それにしても怖かった。高速道路を自転車で走るようなものです。路肩は広いのですが、小石が散乱しており、パンクのリスクも高まります。なんとか途中の出口でエスケープすることができて一安心。

あたりはそろそろ薄暗くなってきました。気温も低くなってきたので、再びウィンドブレーカーを着こみ、前後のライトを点灯します。

しばらく走ると、天竜川のバイパスの分岐点で再びやってしまいました。GPSのルート表示だと、分岐点での道路の角度が鋭角なため、気が付きにくいのです。標識の通り、「1号線」とあるほうに自然と向かってしまいました。

浜名バイパスと同じく、見た目はほぼ高速道路。分岐点も多く、時速40km近くで必死に逃げます。しかも今度は夜。幸いそれほど交通量が多くなかったので、後ろの信号が赤になったタイミングであれば、分岐点は何とか切り抜けられました。ここも生きた心地がしませんでした。

 

スタートしてから230km、自己最高距離を上回っています。脚は快調ですが、背中(肩甲骨)が痛い。信号待ちのたびに肩をぐるぐる回してストレッチ。さらにお尻も痛み出しました。

磐田市を過ぎるころ、焼津の宿には9時にもたどり着かないことがいよいよはっきりしたため、宿にキャンセルの電話を入れます。ごめんなさい。すでに気力が萎えてきていますが、初日に300キロ以上は走っておかないと、2日目が大変です。なんとか7時過ぎまでは走ると心に決めて、袋井を通過。次の街の掛川で投宿することに決めました。1号線を外れ、掛川駅前で最初に目についたビジネスホテルを見ると、「シングル5000円 大理石風呂付」 いいですね。決定。自転車を部屋まで入れることに快諾してくれました。ナイス。駅前の小さな飲み屋で夕食を済ませ、崩れるように11時に就寝。

 

大阪東京ロングライド二日目(最終日)

5時に起床し、6時に出発。大阪より東にある為か、この時点で昨日より明るいですね。駅前にある100名城「掛川城」を写真に収め、いざ出発。残り約250km。

まずは計画なら昨日超えているはずだった夜泣石&金谷峠。昨日暗いうちに弱った脚で行かないでよかった。かろうじて回復した脚でも、時速10~15kmくらいのスピードで通過。

越すに越されぬ大井川を通過。このあたり少し市街地で信号が多く、ペースもあがりません。

駿府城跡を横目で見ながら、静岡駅通過。静岡県長いな~と思っていたとの時、突如目の前に「富士山」出現。思わず立ち止まり写真撮影

さらに進むと、富士由比バイパスにかかる新富士川橋。

新富士川橋

富士由比バイパスの新富士川橋の車道は自転車通行不可。したがって、直前で国道1号線を降りて、この階段を登り、歩道走行となります。googleさんより

なんということでしょ。富士山よ、完璧なお姿で自分を迎えてくれているではありませんか。

これまで車や新幹線の窓からは何度も見たことがあり、その都度、「おおぉ~」 と思っていましたが、自走で見る富士山はその比ではありません。ガラにもなく、感動。来てよかった。走ってよかった。この先もきっと安全にゴールできるに違いない。訳もなくそんなことを思う自分がいました。

大阪東京自転車

 

富士山に別れを告げると、二日目の走行距離も100kmを超え、いよいよ最難関の「箱根峠」の入口に差し掛かりました。時刻は11時。ちょっと早いですが、お昼ごはんに丸源ラーメンをいただきました。ここでこの二日間で最長となる、35分間の休憩を取りました。

 

天気は最高。箱根に続く道は思っていたよりも幅の広い道。およそ16kmの峠道。時速10km前後でダンシングを交えながら上ります。歩道が広いのですが、小石が多く、また途中石畳になっていて、すこし走りにくい。車道の路肩は狭く、車は少なくてもスピードが出ているため、すこし怖さもあります。

途中ローディが一人と、ママチャリの高校生くらいの二人連れをパスし、約1時間半かけて、登頂。標高846mの箱根峠です。ここからすこし下ると、芦ノ湖が見える道の駅。ここで少し15分ほど長めの休憩。下の気温は16度でしたが、ここは10度。下りに備えて、ウィンドブレーカーを着こみます。

大阪東京自転車

ダウンヒルを楽しむと、箱根のメインストリートに到着。箱根駅伝のゴールでもあり、箱根ホテルがあり、芦ノ湖の遊覧船があり、箱根の関所でもあります。ささっと写真を撮り終え、国道1号線ではなく、距離の短い旧街道で下ります。

大阪東京自転車

旧街道の下りはこんな九十九折。ブレーキが壊れやしないかと、ちょっと心配になりながら、無事下り終えました。

大阪東京自転車

下ると小田原。小田原といえば小田原城。秀吉の一夜城跡を横目に、残り約100km。もうこれで安心と思いきや、左膝に違和感が。

でもペダリング中は痛くありません。信号待ちで左足のクリートを外すとき、スタートではめる時にズキンと膝の外側が痛みます。どうやらこれって、クリートの付け外しの動きが原因か? と思い、脚をつくのを右足に変更。信号待ちでも柵があれば、足を外さずつかまって停止したところ、多少ましに。なるほど、これだけ信号待ちで脚を付け外しする動作をすると、膝に来るのか。

ヒトにもよると思いますが、ロングライドの時は脚を交互に外したほうがよさそうです

 

それともう一つ、昨晩から蓄積されたお尻の痛み。これはたまらん。痔が再発したのか、お尻の皮がむけたのか、どっちかわかりませんが、とにかく痛い。信号待ちのリスタートでも、お尻の位置を定めるのに、お尻フリフリしなけばならず、車からみたら気持ち悪いだろうなと。ある程度速度が乗ってしまえばいいのですが、細かく信号があると、きつかったです。

茅ヶ崎、鎌倉とすぎ、いよいよ横浜。このあたりちょっとした丘が多く、ダンシングでしのぎます。お尻と左ひざは痛くても、ダンシングのフォームは崩れていないと自己分析。まだまだ脚は十分

戸塚駅

横浜市戸塚駅の踏切は「開かずの踏切」として有名ですが、現在地下道を建築中。2015年1月に完成予定とのことですが、それまでは歩道橋を登り、南側の戸塚駅前をぐるりと回ってくる必要があります。

詳しくはこちら

 

 

横浜を過ぎると暗くなってきました。前後のライトを点けてのこり約25km。順調にいけば1時間ちょっとで日本橋です。ここらあたり車線が広く、とにかく信号が多い。スピードに乗ったと思ったら、停止。堪えます。巡航スピードは30kmは出ているのですが、信号待ちが多く、距離が延びません。

 

品川通過、銀座通過、そしてついに、日本橋に到着二日間で560km。いよっし!

これまですべてセルフ写真でしたが、ここは通行中のご婦人にお願いして、記念撮影。これでやっと終わりです。

大阪東京自転車

飯田橋のユースホステルまで5kmほど走って、完全ゴール。19階にある眺めの良いYHのお風呂につかり、神楽坂で一人打ち上 げ。

 

三日目

10時のチェックアウトまでのんびりすごし、お昼前に新幹線で輪行。

輪行 ロングライド

3時過ぎには帰宅完了。脚は目いっぱい痛く、階段を降りるときすこし痛みますが、まぁ、通常の疲労の範囲。どこか痛めたというほどもないレベル。学生時代の230kmに比べると、全然ましです。

自分でいろいろ勉強してきた自転車のポジション、ペダリングフォームはまずまず間違ってはいなかったと、自己評価。うんうん。

 

最後に二日間の走行データです。スピードメーターがオートスタート/ストップになっていなかったようで、休憩時間や信号待ちを除いた実走行時間はわかりません。巡航速度としては、30km前後だと思います。ちょっと向かい風で遅いなと思う時で、25kmくらい、スピード出ているなと思う時で、32~34kmくらいでした。

  1日目 2日目 合計
走行距離 325km 235km 560km
時間 14時間0分 12時間25分 26時間25分
平均速度 23.2km/h 18.9km/h 21.2km/h

フルマラソンを完走したことのある人は日本に何十万人といると思いますが、大阪東京間を自転車で ”ただひたすら” 走ったことのある人なんて、日本に1万人もいないのではないでしょうか?

そう思う事で自己満足に浸れる変態ならば、生きているうちに挑戦してみることをおすすめします。

 

大阪東京を自転車で! と思う方にとって、少しでも参考になれば幸いです。

 

 

 

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百名城スタンプラリー「高取城」

本日の目的地は、百名城の一つ、奈良の「高取城

標高583メートル、比高350メートルの高取山山上に築かれた山城で、周囲約30キロメートルに及ぶ。日本国内では最大規模の山城で、備中松山城(岡山県)・岩村城(岐阜県)とともに日本三大山城の一つに数えられています。

1332年に築城したのが始まりと伝えられており、1589年には豊臣秀長の重臣の一人、本多利久が新しい縄張りをもって築造した。本丸には、多聞櫓で連結された3重の大小天守、二の丸には大名屋敷が造営され、城内には三重櫓が17基建ち並んだ。また、郭内には侍屋敷も整備され、他には類を見ない広壮な山城が出現した。家臣団は、山麓の高取市街に城下町を営んだ。

明治20年頃まで天守をはじめとした主要建造物は城内に残っていたが人里離れた山頂であるため管理されずに自然倒壊したとされ、現在は石垣や石塁が残されています。

高取城 百名城

 

三大山城はこれ。竹田城は入っていないようですね。残り2つのお城も西日本なので、わりと行きやすいです。

高取城 百名城

昔はこんなすごい景観だったんですねぇ。

高取城 復元図

高取城 復元図

 

車ですれ違うのがぎりぎりの狭い山道を登り、行き止まりに車を置いて、徒歩約3分。

ちなみに行き止まりは駐車場でもなんでも無いので、車を3台も停めれば、いっぱいでしょう。

ふもとから歩いて登ってきたパーティーも、数組いました。

高取城 百名城

見事な石垣が残ります。一部昭和の時代に修復した石垣があり、組み方が違います。

高取城 百名城

お~怖っ。妹に突き落とされようとしている兄。

高取城 百名城

良い子は石垣を上ってはいけません。

高取城 百名城

 

ちょうど3月3日だったこともあり、高取町ではこんなすごいお雛様が飾られていました。

高取城 百名城

せんとくんも。

高取城 百名城

 

せっかく奈良まで来たので、日本で最初の世界遺産、世界最古の木造建築「法隆寺」も見学。聖徳太子の像や、玉虫厨子釈迦三尊像など、教科書にも載っている国宝のデパートですね。天気の良い日曜日だった割には、観光客はまばらでした。

高取城 百名城

八角堂の夢殿。

高取城 百名城